浮泥の重要性
 


02.06.08


 

 今回は、水槽の中に溜まる「浮泥(ふでい)」についてです。
 浮泥についての定義は、どうも今のところまだ無いようですが、ここでは、有機物を多く含み水底に沈殿するもの、というぐらいの意味で捉えてみたいと思います。

底床に敷かれた「アクアソイル」の状態です。団粒と団粒の隙間に見える黄土色のモロモロのものが「浮泥」です。

 

 さて、この「浮泥」ですが、意義が定まっていないせいかどうか分かりませんが、これまで日本のアクアリウムの世界では、あまり ・・・というか、ほとんど取り上げられていません。

 そこで、まずは私たちの水槽で発生・沈殿している浮泥が、どのようなものであるか見てみたいと思います。また、実体を掴むことの方が、その定義を探すことよりも、水槽のキーパーにとっては有益でしょう。

 

1.水槽内の浮泥の実体

 底床を少しかき混ぜて静置したところです。底床の中には、実に多くの浮泥が含まれています。
 400倍に拡大すると、このような感じです。画像では分かりにくいですが、実際は様々な形と様々な色の細かな物体が見えます。
 真ん中に、細胞壁が連なったものが見えます。明らかに植物の遺体の破片です。まだバクテリアに分解される途中のようです。
 右の方には、何かの種子のようなものがあるのが分かります。
 まだ分解がほとんど進んでいない植物の根です。
 右上から中央にかけて見えるものは、藻類の遺体です。
 枯れた植物はバクテリアにどんどん分解されていきますが、リグニンやセルロースは水槽の中では分解できるバクテリアが極端に少ないため、濾材の中や底床の中にどんどん沈殿していきます。

 

 これは、外部密閉式フィルターの中の濾材を濯いだ水です。短時間静置しておくだけで、底に厚く沈殿物が溜まります。
 この沈殿物を拡大したものが以下です。
 フィルターの中は水流が強く流されてしまうため、底床に沈殿しているような細かな物質は、あまり見られません。
 細胞壁があることから植物の一部であることが分かるものがたくさん見つかります。しかし、どれも元の色彩は残していません。色素は早くに分解されるようです。
 何かの種子か胞子か、丸いものがあります。赤味の強いルビーのようにも見えるきれいな破片も見つかります。
 黒く見えているものはみな大きく、分解される途中のものだと思われます。細かく砕かれたものは、みな薄く、透明感があります。

 

 こちらは、プラケース(3.5L)に水と浮泥だけを入れた飼育容器です。フィルターやヒーターはついていません。
 グッピーが10匹ほど入っています。
 底に沈殿している浮泥には、藻類が絡んでいます。
 底床を敷いた水槽で見られる浮泥とは、少し様子が違っています。
 さらに拡大すると藻類の繊維が見えます。この繊維は遺体ではなく、生体です。
 生きた藻類に様々な分解物が絡んだ状態が分かると思います。
 このプラケースでは、この「浮泥」が濾過の大部分を分担しています。このことは、沈殿している浮泥をスポイトで吸い出すと、とたんに亜硝酸濃度が上昇し始めることで確認できます。

 

2.水槽内での役割

 ところで、実際に維持されている水槽の中を注意深く観察していると、この浮泥が水槽内で重要な役割を果たしていることが分かります。

(1) 餌としての役割 

 もっとも重要なのは、「餌」としての役割でしょう。
 自然下で魚が摂取しているものに、アリやハエ・蚊の成体、その幼虫、エビ、ミジンコ、藻類などが含まれているのは、容易に想像できると思います。
 では、たとえば、水草水槽で一般的に飼育される小型のカラシンなどは、これらが主食でしょうか?

 実のところ、自然下での彼らの食事の大きな部分を占めているのは、浮泥の類であることが、研究者の方々によって明らかにされています。
 ドイツの月刊誌「アクアリウム ヒュッテ」の87年4月号に掲載されたGeisler博士の論文の一部が、『理想的な水槽』に転載されているので、この本を見れば、カラシンやシクリッドの一部の自然下での胃の内容物の例を知ることができます。
 この論文に付属している、採取された魚の胃の内容物の一覧を見ると、ヘッドアンドテールライトテトラでは、食べているものの60パーセント以上が、枯れた草や植物のカケラ、藻といった「浮泥」に含まれるものであることが分かります。

 また、このような研究や資料に依らないでも、自分の手元にある水槽を時間をかけてじっくりと観察するだけでも、同様のことは分かります。

 飼育者が水槽に近づくと、魚は餌をもらえると思って近寄ってきますが、そのまま餌を与えないでおくと、魚はあきらめて前面から離れていきます。そして、その後の彼らの行動をよく観察し続けていると、彼らがしきりと底床や水草の表面をついばんでいる様子を発見できるはずです。
 他の例としては、「稚魚が知らない間に湧いてきた」という経験を挙げられるでしょう。水槽の中でいつの間にか卵が産み落とされ、それにとどまらず、その稚魚が何かを食べ、いつの間にか大きくなり、そしてある日ひょっこり出てきて、「わ、びっくりした!」という経験は、多くの方にあると思います。そのような場合、浮泥がその稚魚の成長を支えていることがほとんどです。

 これは、「アクアソイル アフリカーナ」の隙間の浮泥をついばんでいるナノストムス エスペイです。生まれて間がないので、まだお腹の下に卵のうがついています。
 こちらはナノストムス ベックフォルディの稚魚です。赤玉土に沈殿している浮泥を狙っています。

 この画像の水槽、および上の画像の水槽では、浮泥を無くさないように気をつけているだけで、エサはまったく投入していません。それでもちゃんと成魚まで育ち、また卵を産んでいます。

 

 浮泥の中には、植物由来のものばかりではなく、生きた動物もいます。
 これは、浮泥の中を動き回っているセンチュウの1種です。
 こちらはミドリアブラミミズ。
 カイミジンコもいます。

 この他、電子顕微鏡でないと見えませんが、当然バクテリアの類なども含まれています。

 このように、浮泥には植物質のものと動物質のものの両方が含まれています。

 

(2) 濾材としての役割 

 このプラケースでは、水中と壁面の濾過バクテリアとともに、浮泥に付着した濾過バクテリアが濾過を行っていると考えられます。浮泥は複雑な形状と多様な生体・遺体の構成物なので、濾過バクテリアが定着しやすいのでしょう。このプラケースでは濾過器はついていませんし水草も入っていませんが、濾過は完璧に行われていて、グッピーはきちんと世代交代を繰り返しています。

 

(3) その他の未知の役割 

 浮泥がしっかり維持されている飼育槽では、以上の他にも、様々な現象が見られます。その1つが、硝酸塩の蓄積量が一定の値でブロックされる現象です。

 プラケースに濾過器もつけず、換水もしない状態で魚を過密飼育していれば、必然的に硝酸塩が蓄積してきます。
 しかし、浮泥が蓄積し始め、その状態をしばらく保っていると、不思議に硝酸塩の増加が一定の値で止まり、そこから上がらなくなることがあります。(水草を入れていれば、逆に値が下がってくることさえあります。試験紙では検出できないこともあります。)このしくみについては、まだ納得できる説明を見つけられていませんが、他の要因が少ないことから、私は浮泥に関係した現象だと考えています。

 

 この他にも、浮泥(汚泥ではない!)が見られる水槽では、

・病気が発生しにくい
・病気の魚を入れると治ることがある
・新しく導入した魚やエビが死ににくい
・ほとんど枯れた水草を復活させることができる
・ほぼ無給餌で維持でき、したがって、ほとんど換水も要らない維持が可能になる

など、様々なことが観察でき、実感できます。

 アクアリムの趣味の世界では、まだ浮泥については論じられることもなく、その重要性も無視されていますが、私は、もっと注目されるべきだと考えています。

 



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